イエスは本当に復活したのですか(1)はじめに

園の墓

イエスの復活が実際にあったかどうかは、あなたの永遠を左右する大きなテーマです。

このことは、クリスチャンにも、クリスチャンでない人にも言えることです。なぜそう言えるのか、その理由を以下に2つ挙げたいと思います。

1.イエスの復活はキリスト教の土台

イエス・キリストの復活は、キリスト教の土台です。

イエスの復活が事実かどうかは、キリスト教が立つか倒れるかを決する重大なテーマです。使徒パウロも次のように語っています。

13 もし死者の復活がないとしたら、キリストもよみがえらなかったでしょう。 14 そして、キリストがよみがえらなかったとしたら、私たちの宣教は空しく、あなたがたの信仰も空しいものとなります。 15 私たちは神についての偽証人ということにさえなります。なぜなら、かりに死者がよみがえらないとしたら、神はキリストをよみがえらせなかったはずなのに、私たちは神がキリストをよみがえらせたと言って、神に逆らう証言をしたことになるからです。(1コリント15:13~15)

パウロは、もしキリストが復活しなかったのなら、クリスチャンの信仰は「空しい」とまで言っています。「空しい」の原語(ギリシャ語)は「ケノス」で、中身が空っぽだという意味です。また、事実ではないのに、キリストの復活を宣べ伝えたのなら、その人は「偽証人」になるとまで言っています。パウロは、このことをすべて理解した上で、イエスの復活を大胆に宣べ伝えたのです(1コリント15:3~8など)。そのため、パウロが宣べ伝えたイエスの復活は、調べてみるに値する重要な証言だと言えます。

イエスの復活が重要である理由

イエスの復活がなぜ重要かというと、新約聖書のさまざまな約束がキリストの復活にかかっているためです。

たとえば、イエスの復活を信じることは、キリストが提供する救いを受ける条件の一つとなっています。

9 なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせたと信じるなら、あなたは救われるからです。(ローマ10:9)

使徒パウロは次にようにも語っています。

17 そして、もしキリストがよみがえらなかったとしたら、あなたがたの信仰は空しく、あなたがたは今もなお自分の罪の中にいます。 …19 もし私たちが、この地上のいのちにおいてのみ、キリストに望みを抱いているのなら、私たちはすべての人の中で一番哀れな者です。(1コリント15:17、19)

キリスト教は、キリストを信じることですべての罪が赦されると教えます。しかし、もしキリストが復活していないのであれば、罪の赦しもない、とパウロは明言しています。そして、キリストが本当は復活していないのにキリストを信じている者は、「すべての人の中で一番哀れな者」とさえ言い切っています。

また、使徒ペテロは次のように語っています。

3 …神は、ご自分の大きなあわれみのゆえに、イエス・キリストが死者の中からよみがえられたことによって、私たちを新しく生まれさせ、生ける望みを持たせてくださいました。 4 また、朽ちることも、汚れることも、消えて行くこともない資産を受け継ぐようにしてくださいました。これらは、あなたがたのために天に蓄えられています。(1ペテロ1:3~4)

ここでは、クリスチャンが信仰によって新しく生まれ変わるのも、生きる希望も、天に蓄えられた資産を受け継ぐという約束も、イエスの復活が事実であることが条件となっています。このように、新約聖書のさまざまな約束が、イエスの復活に基礎を置いているのです。

ただ、クリスチャンではない方は、自分はキリスト教徒でないからイエスの復活がキリスト教の土台だと言われても関係ない、と思われるかもしれません。しかし、これはクリスチャンだけに関係がある話ではありません。

2.イエスの復活は人類史上で最も重要な出来事

イエスの復活は、人類史上で最も重要な出来事でもあります。

イエスの復活が持つ重要性は、キリスト教の価値観とは無縁の世界に生きた人々も認めるところです。米国の雑誌出版者、実業家で、成人向け雑誌『プレイボーイ』の創刊者として知られているヒュー・ヘフナーは、インタビューの中で次のように語っています。

もし本当に、イエスが死から復活したという確かな証拠があるのなら、一連のドミノが倒れ始める出発点となり、様々なすばらしい結論へと導かれることになる。来世を保証し、私たちが真実であってほしいと願うあらゆるものを約束するのだ。1

“if one had any real evidence that, indeed, Jesus did return from the dead, then that is the beginning of a dropping of a series of dominoes that takes us to all kinds of wonderful things. It assures an afterlife and all kinds of things that we would all hope are true.”

ヘフナーは、キリスト教の価値観とは縁遠い生涯を生きた人ですが、それでもイエスの復活の重要性を認めていました。聖書の教えをある程度知っていたためです。

なぜ「イエスの復活は、人類史上で最も重要な出来事」と言えるのでしょうか。イエスの復活が重要な理由はたくさんありますが、ここでは最も重要な4つに絞って説明します。イエスの復活は、以下の4つを証明するため、「人類史上で最も重要な出来事」と言えるのです。

(1)永遠のいのちがある

聖書は、キリストを信じる者に永遠のいのちを約束しています。

16 神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。(ヨハネ3:16)

神の「ひとり子」「御子」とは、イエス・キリストのことです。聖書は、キリストを信じる人に永遠のいのちを約束しています。イエスの復活が重要なのは、それが事実であれば、イエスは死を克服し、聖書が約束する永遠のいのちがあることを証明したことになるためです。聖書では次のように言われています。

14 そういうわけで、子たちがみな血と肉を持っているので、イエスもまた同じように、それらのものをお持ちになりました。それは、死の力を持つ者、すなわち、悪魔をご自分の死によって滅ぼし、 15 死の恐怖によって一生涯奴隷としてつながれていた人々を解放するためでした。(ヘブル2:14~15)

ここでは、イエスが人として来られたのは、人となり、死んで復活することで、死の力をもつ悪魔を滅ぼし、人々を死の恐怖から解放するためであったと言われています。そのため、キリストを通して永遠のいのちを与えられた人々は、死の恐怖から解放され、神と共に永遠を過ごす希望を持って生きることができるのです。

実際に、聖書はイエスの復活を「初穂」と呼び、その後にキリストを信じるすべての人が復活することを約束しています。

20 しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。 21 死が一人の人を通して来たのですから、死者の復活も一人の人を通して来るのです。 22 アダムにあってすべての人が死んでいるように、キリストにあってすべての人が生かされるのです。 23 しかし、それぞれに順序があります。まず初穂であるキリスト、次にその来臨のときにキリストに属している人たちです。(1コリント15:20~23)

この箇所が語っているのは次のことです。

  • イエスの復活は、それだけで終わるものではない。
  • イエスを信じるすべての人は、イエスが再び地上に来られる(再臨)時に復活する。

イエスの復活は、永遠のいのちがあることを証しするものです。

(2)神は存在する

イエスが死からよみがえったと聞いて、たいていの人は「そんなことは信じられない」と思うことでしょう。意外に思われるかもしれませんが、初代教会にも、復活を信じることができない人たちがいたようです。復活を信じることができないのは、科学が発達した今も、紀元1世紀の昔も同じです。使徒パウロは、コリント教会の信者に向けて次のように語っています。

12 ところで、キリストは死者の中からよみがえられたと宣べ伝えられているのに、どうして、あなたがたの中に、死者の復活はないと言う人たちがいるのですか。(1コリント15:12)

このパウロの言葉を読むと、初代教会の信者の中にも、死者が復活するはずはないという考えている人がいたことがわかります。そのため、現代の日本人がイエスの復活を信じられなくても不思議ではありません。

しかし、「死者が復活するなんて信じられるはずがない」という点が肝心要の部分です。常識では信じられないことだからこそ、最も大事なことを伝えるメッセージとなっているのです。そのメッセージとは、この世界には自然法則の外におられる天地創造の神が存在する、ということです。

人は死ぬと、心臓が止まり、生命体としての活動を止め、時間とともに腐敗していきます。しかし、もし死んだ人がよみがえったとすれば、このような自然法則の外にいて、生命をよみがえらせる力を持つ方がおられる、ということになります。聖書が初めから終わりまで伝えようとしているのは、そのような神が実際におられる、ということです。

聖書の冒頭では「はじめに神が天と地を創造された」(創世記1:1)と言われています。もしこの宇宙のすべてを創造した神がおられるのなら、人をよみがえらせることもできるはずです。逆に、万物を創造した神が人ひとりをよみがえらせることもできないというのは、理屈に合わないことです。

また、イエスの復活は、神は人間に関心を持たない、手の届かない遠いところにいる方ではなく、人に関心を寄せ、人を愛するがゆえに人類の歴史に介入された方であることも証明しています。

イエスの復活は、天地を創造し、生命を造られ、人に関心を抱き、人類の歴史に介入する意思を持った神がおられることを証明する出来事でもあるのです。

(3)イエスは人類の救い主である

イエスは、十字架にかかる前から、ご自分がよみがえることをあらかじめ預言しておられました。

31 それからイエスは、人の子は多くの苦しみを受け、長老たち、祭司長たち、律法学者たちに捨てられ、殺され、三日後によみがえらなければならないと、弟子たちに教え始められた。(マルコ8:31)

このようにイエスが預言していたのは、ご自分が救い主(メシア)であることを証明するしるしが、復活であったためです。ご自分がメシアであることを証明するしるしを求めるユダヤ人指導者に対して、イエスは次のように語っておられます。

38 そのとき、律法学者、パリサイ人のうちの何人かがイエスに「先生、あなたからしるしを見せていただきたい」と言った。 39 しかし、イエスは答えられた。「悪い、姦淫の時代はしるしを求めますが、しるしは与えられません。ただし預言者ヨナのしるしは別です。 40 ヨナが三日三晩、大魚の腹の中にいたように、人の子も三日三晩、地の中にいるからです。(マタイ12:38~40)

ここでいう「地の中」(40節)とは、死者が行く「よみ」のことです。旧約聖書には、人は死後「よみに下る」と語られている箇所が数多くあります(創世記37:35、ヨブ7:9など)。そのため、よみは地の中にあると考えられていました。また、ヨナは、三日三晩大魚の腹の中にいた後、 陸地に吐き出されたと言われています(ヨナ1:17、2:20)。そのため、イエスはここで、ご自分が死んで、よみに下って3日の後、よみがえって墓から出てくることを預言しておられたのです。

メシアが復活することは、旧約聖書のメシア預言で預言されていたことでもありました。メシア預言とは、人類の救い主であるメシアがどういう方として現れるかを前もって告げた預言です。メシア預言にすべて当てはまる人物がいたら、その人がメシア(救い主)だとわかるようになっていたのです。メシア預言の一つ、イザヤ53章では次のように言われています。

9 彼は暴虐を行わず、その口には偽りがなかったけれども、その墓は悪しき者と共に設けられ、その塚は悪をなす者と共にあった。 10 しかも彼を砕くことは主のみ旨であり、主は彼を悩まされた。彼が自分を、とがの供え物となすとき、その子孫を見ることができ、その命をながくすることができる。かつ主のみ旨が彼の手によって栄える。(イザヤ53:9~10、口語訳)

この箇所でいう「彼」が、メシアです。この前後の文脈では「主のしもべ」と呼ばれています。ここでは、メシアの死と埋葬が預言されていると同時に、メシアの復活が預言されています。メシアはご自分の命を「とが(罪)の供え物」としてささげた後、「その子孫を見る」と言われているためです。この点について、ユダヤ人神学者のアーノルド・フルクテンバウム博士は次のように語っています。

 この記述は、もう一つの矛盾を含んでいるように見える。(主の)しもべが死んで葬られたのであれば、どのようにして「その子孫を見る」ことができるのだろうか。その答えは10節の後半に示されている。「その命をながくすることができる」という言葉である。つまり、ヤハウェ(主)がしもべの命を長らえさせるのである。しかし、しもべが死んで葬られたにもかかわらず、どのようにして命を長くするのだろうか。唯一の可能性は、復活である。

 神がしもべを死者の中からよみがえらせることによって、しもべの命は死を超えて長くされるのである。しもべの「子孫」とは、その死の恩恵を受ける人々、つまり霊的に生まれ変わる人々のことである。しもべが自らの罪の身代わりとなって死んでくださったことを受け入れた瞬間に、人は聖霊によって霊的に新しく生まれる。この霊的新生によって、しもべの子孫となるのである。2

This statement is another seeming contradiction. How could the Servant see His seed if He died and was buried? The answer is given in verse 10d: he shall prolong his days. YHWH would prolong the Servant’s days. But how could this be if the Servant died and was buried? The only way possible is by means of resurrection. By resurrecting Him from the dead, God would prolong the Servant’s days beyond death. The Servant’s seed would be those who benefit from His death by spiritual rebirth. The moment they accept for themselves His substitutionary death for their sins, they are born again spiritually by the Holy Spirit. By this spiritual rebirth, they become the Servant’s seed.

この「主のしもべ」は、イザヤ書の基本的な文脈ではイスラエルのメシア(救い主)として描かれています。ただ、このメシアはイスラエルの救い主であるだけではなく、全人類の救い主でもあることが、イザヤ書の次の箇所で示されています。

6 主は言われる。「あなたがわたしのしもべであるのは、ヤコブの諸部族を立たせ、イスラエルのうちの残されている者たちを帰らせるという、小さなことのためだけではない。わたしはあなたを国々の光とし、地の果てにまでわたしの救いをもたらす者とする。」(イザヤ49:6)

ここで神(主)は、メシア(しもべ)を「地の果てにまでわたしの救いをもたらす者とする」と語っています。地の果てにまでとは、地の隅々にまでということです。つまり、メシアは日本を含め、すべての「国々の光」であり、救い主であるということです。このメシアであることを証明することの一つが、復活です。

少し立ち止まって考えてみてください。今では、イエスが登場したイスラエルの地から遠く離れた日本でも、全国に教会があります。また、現在は、インターネットによって、どこにいてもイエス・キリストのことばを聞ける時代になっています。そう考えると、実際にこの預言どおりになっていることがわかると思います。

もしイエスが実際に復活し、メシア預言を成就したのであれば、イエスは日本人を含めた全人類の救い主だということになります。

(4)イエスは神である

イエスの復活は、イエスが神であることを証明する出来事でもあります。聖書でこう言われているためです。

4 聖なる霊によれば、死者の中からの復活により、力ある神の子として公に示された方、私たちの主イエス・キリストです。(ローマ1:4)

この箇所によると、イエスは復活によって「神の子」であることが証明されたことになります。聖書的には、神の子とは神と本質を同じくする存在、つまり神ご自身を指します。聖書では次のように言われています。

9 キリストのうちにこそ、神の満ち満ちたご性質が形をとって宿っています。(コロサイ2:9)

キリストに神の本質(ご性質)があるという聖書のことばです。また、ヨハネの福音書では以下のように言われています。

1 初めにことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。(ヨハネ1:1)

ヨハネの福音書では、キリストは「ことば」と呼ばれています。この「ことば」は、初めからおられ、しかも「神であった」と言われています。キリストが三位一体の神であることを証明する言葉です。また、イエスは次のように語られました。

30 わたしと父とは一つです。(ヨハネ10:30)

これも、キリストが父なる神と一つであるという三位一体を証明する箇所です。また、イエスは次のようにも語っています。

25 「わたしはよみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は死んでも生きるのです」(ヨハネ11:25)

これは、イエスがいのちの源であり、死んでもよみがえることができる、いのちを与える方でもあるという宣言です。以上を見ると、復活は、イエスが神であることの証明ともなっていることがわかります。

もしイエスが復活したのなら、イエスは神だということになります。聖書の神は創造主ですから、イエスは私たちの創造主であるということにもなります。

ニューヨークにあるリディーマー長老教会のティモシー・ケラー牧師は、イエスの復活の重要性について次のように語っています。

もしイエスが死からよみがえったのなら、人はイエスが語ったことをすべて受け入れる必要がある。もし死からよみがえらなかったのであれば、イエスの語ったことを一切気にかける理由はない。すべては、イエスの教えを気に入るかどうかではなく、イエスが死からよみがえったかどうかにかかっているのである。3

If Jesus rose from the dead, then you have to accept all that he said; if he didn’t rise from the dead, then why worry about any of what he said? The issue on which everything hangs is not whether or not you like his teaching but whether or not he rose from the dead.

ケラーがこう言い切れるのは、イエスの復活はイエスが天地創造の神であり、人類の救い主であることを証明することだからです。

もしイエスの復活が事実であれば、イエスが語った次の約束も有効です。

24 まことに、まことに、あなたがたに言います。わたしのことばを聞いて、わたしを遣わされた方を信じる者は、永遠のいのちを持ち、さばきにあうことがなく、死からいのちに移っています。(ヨハネ5:24)

そのため、イエスを信じる者には、永遠のいのちと、死後のさばきからの解放がもたらされるのです。

結論

冒頭に『プレイボーイ』誌の発行人、ヒュー・ヘフナーの言葉を紹介しました。残念なことに、ヘフナーがイエスの復活の証拠を調べたという形跡も、イエスを救い主として信じたという記録もありません。

一方、『シカゴ・トリビューン』紙の記者で、無神論者であったリー・ストロベルは、イエスの復活を示す証拠を調べた後、イエス・キリストを信じるに至りました。イエスが確かに復活したことを確信したためです。ストロベルは次のように語っています。

あなたは、イエスの復活に関する歴史的証拠を掘り下げて調べたことがあるだろうか。それは実にすばらしい体験である。私は、妻がキリスト教に回心したことをきっかけに、この問題を二年間近く調査した。そして、この体験が、私を懐疑論者から信者へと変えることになったのである。4

Have you ever delved into the historical evidence for the resurrection? It’s a fascinating experience! I spent nearly two years doing this in response to my wife’s conversion to Christianity—and that’s what transformed me from skeptic to believer.

MEMO
ストロベルは、この調査結果と体験を『The Case for Christ』という本にして出版しています。邦訳は『ナザレのイエスは神の子か?』(いのちのことば社、2004年)として出版されていますが、入手困難なようです。

イエスの復活が実際にあったかどうかは、あなたの永遠を左右する大きなテーマです。もしイエスの復活が事実でないなら、永遠のいのちの約束も無効です。そのため、イエスを信じても信じなくても結果は同じです。しかし、イエスの復活が事実であるなら、永遠のいのちの約束も本物です。そのため、イエスを信じるかどうかで、永遠のいのちを受けるか、さばきを受けて永遠の滅びに向かうかが決まることになります。聖書が次のように言うとおりです。

16 神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。… 18 御子を信じる者はさばかれない。信じない者はすでにさばかれている。神のひとり子の名を信じなかったからである。(ヨハネ3:16、18)

みなさんには、ヘフナーのように重要性を認めつつも調べない人ではなく、ストロベルのように重要性を理解した上で、イエスが本当に復活したかどうかを調べる人になってほしいと願っています。

イエスの復活を信じる根拠については、次回に取り上げます。

参考資料

  • Sean McDowell, “Jesus Has Risen: The Evidence!” (https://www.youtube.com/watch?v=c42t0OvNDSc)
  • Gary R. Habermas and Michael R. Licona, The Case for the Resurrection of Jesus (Kregel, 2004)
  • John C. Lennox, Gunning for God: Why the New Atheists Are Missing the Target (Lion Hudson, 2011), Chapter 8 “Did Jesus Rise from Dead?”
  • Lee Strobel, Is God Real? (Zondervan, 2023), Chapter 4 “Easter Showed That Jesus is God”

写真:Gary Todd (CC0)

脚注

  1. Lee Strobel, Is God Real? (Zondervan, 2023) Kindle版

  2. Arnold G. Fruchtenbaum, Commentary Series: The Book of Isaiah (Ariel Ministries, 2021) Kindle版

  3. Pastor and author Timothy Keller, Twitter post, April 5, 2022 cited in Lee Strobel, Is God Real? (Zondervan, 2023) Kindle版

  4. Lee Strobel, Is God Real? (Zondervan, 2023) Kindle版

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