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罪からの救いの3つの意味
聖書が語る「救い」とは
エゼキエル26:12、19 ― ツロは廃墟となり、海の水に覆われる
アモス4:13 ― 神の思いを知る
ピリピ4:4 ― 霊想:キリストに従うと起こること
詩篇23:1~4
ルカ23:34 ― 宣教師最後の祈り(真珠湾攻撃隊長・淵田美津雄の証し)
エゼキエル26:7~9 ― バビロンのツロ侵攻
ヨブ41:1~34 ― 聖書と恐竜(2)レビヤタン
今日のひと言
「神を信じている者は、自然現象に対して疑問を持ち、説明しようとすることを放棄して、すべてを神にゆだねてしまっている、それは人間の進歩を止めてしまう思考停止である」という考え方に対して、名古屋大学名誉教授の素粒子物理学者、三田一郎博士は次のように語っています。
「人間には神をすべて理解することは永遠にできません。しかし、一歩でも神により近づこうとすることは可能です。近づけばまた新たな疑問が湧き、人間は己の無力と無知を思い知らされます。だからまた一歩、神に近づこうという意欲を駆り立てられます。『もう神は必要ない』としてこの無限のいたちごっこをやめてしまうことこそが、思考停止なのであり、傲慢な態度ではないのでしょうか。科学者とは、自然に対して最も謙虚な者であるべきであり、そのことと神を信じる姿勢とは、まったく矛盾しないのです」
— 三田一郎(素粒子物理学者)