聖書と科学は矛盾するか(1)科学の歴史から考える

聖書と科学

世間では一般的に「聖書と科学は矛盾する」と考えられていると思います。筆者も、クリスチャンになる前はそう考えていました。

筆者は、大学生4年生の時に英会話のために教会に通うようになりました。毎週教会の牧師のメッセージを聞いていくにつれてわかってきたのは、この教会では「聖書を文字どおりに信じている」ということでした。文字どおりに信じている聖書の記述には、天地は6日間で創造されたという創世記も含まれていました。それまでクリスチャンと呼ばれる人と一度も出会ってきたことがなかった筆者には衝撃でした。「科学の時代に聖書をこれだけまともに信じている人がいるなんて」というのが、その時の偽らざる気持ちです。

その時に思い浮かんだのが、地動説という科学理論をめぐってガリレオ・ガリレイ(1564年~1642年)が裁かれたガリレオ裁判です。

天動説と地動説に関する誤解

ガリレオ裁判では、天動説を支持するカトリック教会が、地動説を唱えたガリレオ・ガリレイを宗教裁判にかけました。これをもって、宗教と科学は相容れないもので、矛盾するものだと言う人がいます。かつての私もそうでした。ただ、そういう人が見落としていることは、ガリレオ自身も熱心なキリスト教徒だったということです。

天動説と地動説の対立は、キリスト教内部の対立でした。ガリレオは、教皇から資金援助を受けて研究を行っていました。ガリレオ以前に地動説を唱えたコペルニクスも、同じくキリスト教徒でした。誤っていたのは天動説しか認めないというカトリック教会の聖書解釈であって、聖書が科学と矛盾していたわけではないのです。

ガリレオが戦っていた相手は、カトリック教会のローマ教皇庁であって、聖書ではありません。実際に、ガリレオは科学と聖書の関係について次のように語っています。

科学を禁止することは聖書に反する。聖書は、何百という箇所で、神のすべての作品によって、神の偉大さと栄光が驚くほどの輝きを放っていることを教えている。聖書は何よりも天という開かれた書物の中で読まれるべきものなのである。

The prohibition of science would be contrary to the Bible which in hundreds of places teaches us how the greatness and glory of God shine forth marvelously in all His works, and is to be read above all in the open book of the heavens.1

ガリレオは、自然は神のみわざによって造られた作品であって、科学と聖書は矛盾するものではないと語っています。この言葉は、科学に取り組むガリレオの一貫した姿勢を反映しています。

信仰者ガリレオ

ガリレオは科学者である以前に信仰者でした。ガリレオは神への信仰について、次のような言葉を残しています。

私は神に限りない感謝をささげる。神は、私をさまざまな驚くべきことを最初に観察する者としてくださったからである。

I give infinite thanks to God, who has been pleased to make me the first observer of marvelous things.2

ガリレオは、自分に科学的発見をさせてくださったのは神ご自身であることを認めています。

また、神と自然科学の関係について次のように語っています。

数学は、神が宇宙を書かれた時の言語である。自然の法則は、神の手によって、数学という言語で書かれている。神は、そのみわざで生み出された自然によって、そして啓示されたみことばに記されている教理によって、知ることができるのである。

Mathematics is the language in which God has written the universe. The laws of nature are written by the Hand of God in the language of mathematics. God is known by nature in His works, and by doctrine in His revealed Word. 3

神が宇宙の創造で使った言語は数学で、宇宙の物理法則は数学的に表現できるとガリレオは考えていました。ガリレオの科学的発見は、自然界には神が定めた一貫した法則が存在するという信仰に支えられていたのです。

また、聖書と自然の関係について次のようにも語っています。

聖書と自然はともに神の言葉から生じたもので、前者は聖霊が述べたものであり、後者は神の命令の忠実な執行者である。この2つの真理が対立しあうことはない。4

コペルニクスもキリスト教徒

また、ガリレオだけでなく、地動説の先駆者であるニコラス・コペルニクス(1473年~1543年)も、同じく神の天地創造を信じるキリスト教徒でした。コペルニクスは次のように語っています。

神の力強いみわざを知ること、神の知恵と威厳と御力を知ること、神の律法のすばらしい働きを理解すること、これらすべてがいと高き方に喜ばしく、受け入れられる礼拝であるはずだ。この方には、無知が知識よりも良きことであることはない。

To know the mighty works of God, to comprehend His wisdom and majesty and power; to appreciate, in degree, the wonderful workings of His laws, surely all this must be a pleasing and acceptable mode of worship to the Most High, to whom ignorance cannot be more grateful than knowledge. 5

コペルニクスは、科学的研究を自然界に現れた神のみわざを知ることと位置付けていました。この姿勢は、近代科学の礎を築いたほかのクリスチャン科学者にも共通するものです。

このように西洋の科学史を見ていくと、キリスト教徒、しかも信仰心に厚いキリスト教徒が、近代科学の発展に寄与したことに気付かされます。

近代科学の礎はキリスト教徒が築いた

実際に、近代科学の礎を築いた科学者のほとんどは、聖書を信じるキリスト教徒でした。このことは科学史を紐解けば自明のことであるにもかかわらず、あまり知られていません。創造科学者のヘンリー・モリス博士は次のように語っています。

 科学とキリスト教の神への信仰が基本的に両立することは、近代科学がキリスト教の神への信仰という土壌から大きく発展したことに気付けば、さらに明白になる。現代の進化論者がよく言うような、創造論を信じる者は真の科学者にはなれないという主張は馬鹿げている。…
 ヨハネス・ケプラー、アイザック・ニュートン、ロバート・ボイル、デビッド・ブリュースター、ジョン・ダルトン、マイケル・ファラデー、ブレーズ・パスカル、クラーク・マックスウェル、ルイ・パスツール、ウィリアム・トンプソン(ケルビン卿)、その他数多くの偉大な科学者たちは、聖書が神の霊感によって書かれた言葉であること、そしてイエス・キリストが主であり救い主であることを信じるだけでなく、人格を持った全能の神が天地を創造したことを固く信じていた。近代科学の基礎を築いたこうした科学者の偉大な貢献は、結局のところ自分は「神の思考を後追いしている」にすぎないのであり、そうすることで神のみこころを行い、神の御名をほめたたえているのだという確信の下で行われたものだった。こうした人々は、科学と聖書の間に対立があることなど考えもしなかったのである。

The basic compatibility of science with Christian theism is even more obvious when it is realized that modern science actually grew in large measure out of the seeds of Christian theism. It is absurd to claim, as modern evolutionists often do, that one cannot be a true scientist if he believes in creation…
Men such as Johann Kepler, Isaac Newton, Robert Boyle, David Brewster, John Dalton, Michael Faraday, Blaise Pascal, Clerk Maxwell, Louis Pasteur, William Thompson (Lord Kelvin), and a host of others of comparable statures were men who firmly believed in special creation and the personal omnipotent God of creation, as well as believing in the Bible as the inspired Word of God and in Jesus Christ as Lord and Savior. Their great contributions in science—indeed, in laying the very foundations of modern science—were made in implicit confidence that they were merely ”thinking God’s thoughts after Him,” and that they were doing His will and glorifying His name in so doing. They certainly entertained no thoughts of conflict between science and the Bible.6

モリス博士が言うとおり、近代科学の土台をつくったのはキリスト教徒です。実際に、科学分野の創始者となった科学者の80%以上は、神が天地を創造したと信じるキリスト教徒でした。

科学分野を創始したクリスチャン科学者

近代科学の礎を築いたキリスト教徒の科学者を列挙すると、長いリストになります。以下は、科学分野の礎を築いたクリスチャン科学者のリストの一部を表にしたものです。

MEMO
以下の科学者の名前の中で、リンクになっているものは、リンク先にその科学者を紹介したページがあります。クリックしてみてください。クリスチャン科学者の紹介ページは今後も追加していく予定ですので、追加したらリンクにしていきます。
科学の分野 礎を築いた科学者
天体力学/物理天文学 ヨハネス・ケプラー(1571年~1630年)
流体静力学 ブレーズ・パスカル(1623年~1662年)
化学/気体力学 ロバート・ボイル(1627年~1691年)
博物学 ジョン・レイ(1627年~1705年)
層序学 ニコラウス・ステノ(1631年~1686年)
微積分学/力学 アイザック・ニュートン(1642年~1727年)
古生物学 ジョン・ウッドワード(1665年~1728年)
系統生物学 カール・フォン・リンネ(1707年~1778年)
銀河天文学 ウィリアム・ハーシェル(1738年~1822年)
脊椎動物古生物学/比較解剖学 ジョルジュ・キュヴィエ(1769年~1832年)
熱運動学 ハンフリー・デービー(1778年~1829年)
光学的鉱物学 デイヴィッド・ブリュースター(1781年~1868年)
電磁気学/場の理論 マイケル・ファラデー(1791年~1867年)
計算機科学 チャールズ・バベッジ(1792年~1871年)
海洋学/水路(測量)学 マシュー・モーリー(1806年~1873年)
氷河地質学/魚類学 ルイ・アガシー(1807年~1873年)
婦人科学 ジェームズ・シンプソン(1811年~1870年)
可逆熱力学 ジェームズ・プレスコット・ジュール(1818年~1889年)
流体力学 ジョージ・ストークス(1819年~1903年)
遺伝学 グレゴール・メンデル(1822年~1884年)
細菌学 ルイ・パスツール(1822年~1895年)
昆虫学 アンリ・ファーブル(1823年~1915年)
熱力学/エネルギー論 ケルビン卿(ウィリアム・トムソン、1824年~1907年)
非ユークリッド幾何学 ベルンハルト・リーマン(1826年~1866年)
無菌手術 ジョセフ・リスター(1827年~1912年)
電気力学/統計熱力学 ジェームズ・クラーク・マクスウェル(1831年~1879年)
次元解析/モデル分析 レイリー卿(1842年~1919年)
電子工学 ジョン・アンブローズ・フレミング(1849年~1945年)
同位体化学 ウィリアム・ラムジー(1852年~1916年)
量子物理学 マックス・プランク(1858~1947年)

参考資料:Henry M. Morris, The Biblical Basis for Modern Science (Baker Book House, 1984)

この表を見ると、クリスチャン科学者のリストには錚々たるメンバーが並んでいることがわかります。各科学者の紹介ページを読んでいただけるとわかることですが、キリスト教徒といっても、名目的な信者ではなく、熱心な信者だった人が大半であることも注目に値します。

科学的手法を確立した哲学者もキリスト教徒

科学の分野の創始者ではありませんが、論理的に考えるだけでなく、実験を通して仮説を検証するという科学的手法を確立した哲学者、フランシス・ベーコン(1561年~1626年)も、聖書を熱心に信じるキリスト教徒でした。ベーコンは次のように語っています。

私たちの前には、誤りに陥らないように学ぶべき2つの書物が置かれている。一巻目は、神のみこころを啓示する聖書であり、二巻目は、神の力が啓示されている被造物である。

There are two books laid before us to study, to prevent our falling into error; first, the volume of the Scripture, which reveals the will of God; then the volume of the Creatures, which express His power. 7

当時の科学者にとっては、聖書も自然界も神のメッセージが記された書物であり、どちらも等しく探求の対象だったのです。

代表的な科学者の信仰の言葉

先ほどは科学分野の創始者となったキリスト教徒の表を紹介しました。ここでは、そうした科学者が信仰について語った言葉を一部紹介したいと思います。

以下のような発言を読むと、近代科学の礎を築いた科学者の自然研究は、神への信仰が動機づけになっていたことがわかります。

ヨハネス・ケプラー(1571~1630年)|天体力学/物理天文学

ケプラーは熱心なキリスト教徒で、神学校で2年間学んだこともあります。当初は神学者になることを希望していましたが、経済的な理由で天文学の道に進むことにしました。ケプラーは後にこのことについて次のように語っています。

私は神学者になるつもりでした。……しかし今では、私の研究によって、天文学の分野でも神の栄光がほめたたえられることがわかります。「天は神の栄光を語り告げ」(詩篇19:1)と言われているからです。

“I had the intention of becoming a theologian … but now I see how God is, by my endeavors, also glorified in astronomy, for ‘the heavens declare the glory of God'” 8

ケプラーは、神学の代わりに、自然科学の研究を通して神の栄光をたたえる道を選びました。しかし、どちらも神に仕えるという点では同じだったのです。

ジェームズ・プレスコット・ジュール(1818~1889年)|可逆熱力学

熱力学の「ジュールの法則」で知られる英国の物理学者、ジェームズ・プレスコット・ジュール(1818年~1889年)は、自然研究の意義を次のように語っています。

神のみこころを知り、神のみこころに従った後、次の目標は、神の創造のみわざによって示される神の知恵、力、すばらしさという神のご性質を知ることでなければならない。ここで明らかなのは、自然法則を知ることは自然の中で表現された神の思いを知ることにほかならないということだ。

After the knowledge of, and obedience to, the will of God, the next aim must be to know something of His attributes of wisdom, power, and goodness as evidenced by his handiwork. It is evident that an acquaintance with natural laws means no less than as acquaintanceship with the mind of God therein expressed.9

ジュールにとって、自然法則を知ることは神ご自身を知ることと直結していました。ここにも自然研究と神への信仰が一致している例を見ることができます。

ジェームズ・クラーク・マクスウェル(1831年~1879年)|電気力学/統計熱力学

ジェームズ・クラーク・マクスウェルは、1864年にマクスウェルの方程式を導いて古典電磁気学を確立した理論物理学者です。アルベルト・アインシュタインは、マクスウェルの業績を「ニュートンの時代以降の物理学にもたらされた最も深く、最も実り多いもの」と評しています。

マクスウェルは記録されている祈りの一つで次のように祈っています。

あなたの御手のわざを学び、私たちの益となるように地を従わせることができるように教えてください。また、あなたの奉仕のために私たちの論理的思考力を高めてください。

Teach us to study the works of Thy hand that we may subdue the earth to our use and strengthen our reason for Thy service. 10

これは他の多くのキリスト教徒の科学者にも言えることですが、マクスウェルは科学を「生めよ。増えよ。地に満ちよ。地を従えよ」(創世記1:28)という神の命令に従うための手段として見ていました。ここにも、キリスト教信仰が科学研究と直結している例を見ることができます。

まとめ

近代科学の礎を築いた科学者のほとんどは聖書を信じるキリスト教徒でした。もし聖書と科学が矛盾するのであれば、どうして聖書を信じるキリスト教徒が数多くの科学分野の創始者になっているのでしょうか。この事実と向き合う時、「聖書と科学が矛盾する」という考え方こそ事実と矛盾していることがわかります。

聖書と科学は矛盾しません。むしろ、聖書は科学の生みの親とも言うことができます。近代の科学者の多くは、聖書に書かれている命令に忠実であろうとして、また聖書の神への信仰を追求する手段として、科学の研究に取り組んでいたためです。

次回は、なぜ近代のキリスト教国家で科学が誕生したのかを歴史的に解き明かしたいと思います。

参考資料

  • Henry M. Morris, The Biblical Basis for Modern Science (Baker Book House, 1984)
  • Henry M. Morris, Men of Science, Men of God (Master Books, 1988)
  • Dan Graves, Scientists of Faith (Kregel Publications, 1996)
  • Paul James-Griffiths, “Nineteenth & Twentieth Centuries,

脚注

  1. Early astronomers: ‘Mathematics is the language in which God has written the universe’,” World Tribune, 26 Aug 2018

  2. Early astronomers: ‘Mathematics is the language in which God has written the universe’,” World Tribune, 26 Aug 2018

  3. Galileo Galilei (Il Saggiatore, 1623) as cited in “Early astronomers: ‘Mathematics is the language in which God has written the universe’,” World Tribune, 26 Aug 2018

  4. 三田一郎『科学者はなぜ神を信じるのか コペルニクスからホーキングまで』(講談社、2018年)

  5. “Poland: The Knight Among Nations”. Book by Louis E. Van Norman (p. 290), 1907; later quoted in “The Language of God: A Scientist Presents Evidence for Belief”, book by Francis Collins (pp. 230-231), 2006. (https://www.azquotes.com/quote/575512)

  6. Henry M. Morris, The Biblical Basis for Modern Science (Baker Book House, 1984), p.29

  7. Henry M. Morris, Men of Science, Men of God (Master Books, 1988)

  8. Ann Lamont, “Johannes Kepler,” Answers In Genesis

  9. Dan Graves, Scientists of Faith (Kregel Publications, 1996), p.133

  10. Dan Graves, Scientists of Faith (Kregel Publications, 1996), p.153

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